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卵巣がんの前兆から手術・抗がん剤治療、そして現在に至る記録を綴ります。私と同じような症状があれば卵巣がんを疑ってみてください。一人でも多くの人が早期発見できますように。
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友人のtwitterに下記のページがリンクされていました。
何気なく、リンク先を訪問したのですが、とてもショッキングな内容でした。

乳ガンだったなんて・・・|ポーネグリフ・・・を・・・求めながら・・・世界一の大剣豪になる
 ameblo.jp/mama9000/entry-10693964343.html



今日ここに、この方の日記を掲載させてもらったのは、
自分の体を守るのは自分自身だと言うことを、
このページを訪問してくださった方に知ってもらいたかったからです。

もちろん自分でできることには限界があり、
お医者様にお任せしないといけないことがたくさんあります。

でも、検査を受けてなんともないと言われても、
自分自身が体調の異変を感じているのなら、
納得いく答えが出るまで他の病院で調べてもらってください。

大丈夫だと言われても、体に異変があって、
自分の中で「本当に大丈夫なのだろうか?」と感じるならば、
貴方の声が一番正しいはずですから。


実は、私も体調の異変を感じて近くの医院に行きましたが、
そこの医師は、私がガンだったことをエコー検査で気付いたにもかかわらず、
「わからないので、もう少し検査をしましょう。
 次の検査はお金がかかりますから、❍万円持ってきておいてください。」
と言いました。

わからないというのは、ウソだ!
って、医師の顔を見て、動物的な勘でわかりました。

このお医者様は内科と婦人科が専門でした。
私は卵巣がんだったのを、わからないわけなんてないんです。

しかも、このお医者様の奥様は子宮ガンで他界されています。

もし、医師と言う仕事に情熱を持っておられるのなら、
患者第一に考えておられるのなら、ガンが疑われた時点で、
すぐに大きな病院を紹介するべきではないでしょうか?

この医師への不信感があったので、私はすぐに他の病院へ行きました。
当時はガンだとは思っていなかったので、
胃腸科を受診したのですが、
ここのお医者様は婦人科は専門外なのに、
一瞬で私のガンを疑い、すぐに大学病院への紹介状を書いてくださり、
どの曜日に行けば信頼できるお医者さまがいらっしゃるかも教えて下さいました。

この医師のおかげで、私は助かったのだと今でも心から感謝しています。

最初の医者は❍医院の❍❍という医師です。
みなさん、ここには絶対に行かないでください!と実名で書き込みたいくらいですが、
やはり、それはいろいろな意味で駄目なことなので・・・

私も感情が高まって、いろいろと書いてしまいましたが、
今日、本当に伝えたかったことは、
なんだかおかしい・・・と感じたら、ひとつの病院にたよらずに、
他も受診してみてくださいということです。

あなたの体を、命を守ってください。
お願いします。


それから。。。

もし、今日の日記にコメントをいただいても、内容が重すぎて、
お返事が書けないかもしれません。ご了承ください。
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がん治療中の日記を綴ろうと思って、当時を振り返っていたのですが、
思い出すと、急に何も書けなくなって、そのままなので、
ちょっと気分を変えて今の気持ちを書いてみたいと思います。



6年前の今日(6月30日)は、第3クールが終わって、
次の治療をするかどうかの結果を聞きに病院に行っていました。


もし、第4クールの治療をするなら、明日から再び入院だよ!
と言われていたのですが、
この頃は、抗がん剤の副作用で髪の毛もかなり抜けて、
頭は「モト冬樹さん」のようになっていました(^^ゞ


夏だし、帽子をかぶっていたら誰も気づかないので、
外出することを私はそんなに気にしていなかったのですが、
夫には「かわいそうに。。。」と、よく頭をなでられました。


あっ、話が反れましたが。。。


検査の結果、抗がん剤治療は一応終了!ということで、
めでたく辛い治療から解放されました。


当時は必死だったけど、今思えば、
やはり治療は辛かったです。


治るための治療なんだけど、あまりの吐き気に、
なんのための治療かわからなくなってくるんです。
家族に八つ当たりしたり・・・


当時は自分のことしか考えていなかったけど、
回りにいる家族も、私のそのような姿を見るのは辛かったと思います。


今だったら思う。治療で辛いのは自分一人ではないってこと。
何も言わなくても、家族も一緒に戦っているんです。きっと。


つねにしんどそうな顔をしている私の顔を見て、
子供たちもつらかっただろうと思います。


私が入院中、辛かったとか、さみしかったとかは
ひと言も言わない子供たちでしたが、
今、中学生になった娘も(当時6歳)、小5の息子(当時4歳)も、
当時の記憶はすごくはっきり残っています。


当時はネ、『 5年生存率 』と言う言葉をとても気にしていました。

私の『 5年生存率 』は、70%だと本にかかれてあるのを目にしたとき、
5年後、私は生きていないかもしれない。。。
いや、多分、生きていないんだ。。。きっと。。。


そんなことばかり考えていました。


だから、治療の途中で一時帰宅できたときには、
いつ私が逝っても大丈夫なようにと、
娘に家事を教え、自分の身の回りの荷物の整理をし、
家族に遺書を書き・・・そんなことばかりしていました。


ごめんね、ママはあなたたちが成人するまでそばにいられないかもしれない。。。


そう思うと、涙があふれてくるばかり。


そんなとき、オペをしてくれたドクターが、
「助かれ、助かってくれ!と僕は必死に君の手術をしたんだよ。
 だから、これからは命を大切に、そして自分の体を労わって生きて行ってくれよ!」
と声をかけてくれました。


私にはこの言葉がじーんときました。
私の命を助けるために、この人は一生懸命がんばってくれたんだ!って。


この時以来、私は泣くのを止めました。
いつ、自分の命が終わっても悔いがないように、
一生懸命生きようと決めました。



長くなりましたが、

当時の私のように現在、治療中の方、
ガン宣告を受けたばかりで、気持ちが落ち着かない方、
家族がガンだとわかって、どうしていいかわからない方、
いろいろいらっしゃると思います。


正直、なんて言葉をかけてよいのか、
私にもわかりません。


気休めのありふれた言葉なんてかけたくありませんし。。。



ただ、6年前の当時の私が受けた治療よりも、
抗がん剤の効き目も治療法も日々進化しているのです。


だから、なにがあっても、あきらめずに生き抜いてほしいと思います。


がん細胞に負けない意志 ←そんなのわかってるよと言われそうですが、
気持ちを強く持ってほしいです。

~治療中の気持ち(3)より続く~


当時は、生きることに目を向けられなかったです。
死に向かう準備ばかりして。


同じ病室の患者さんは、
旦那様が食事の用意をしてくれたり、
掃除をしてくれたり、

だけど、我が家は、
抗がん剤の副作用で体がだるくても私が食事の用意をして、
途中でしんどくなって寝ていたら、
「怠けるな!」と夫に怒鳴られて悲しかったことは
今でも忘れることができません。


~治療中の気持ち(2)より続く~


抗がん剤治療も2ヶ月目に入ると、
私の場合は常に吐き気があって、
どんどん食欲もなくなってきました。


この頃には、バナナやヨーグルト、プリンなどの
デザート系は食べられるのですが、
ご飯やおかずは食べることができなくなってきました。
(かなり、個人差はありますよ!)


 

~治療中の気持ち(1)より続く~



入院中必要なものはコロコロローラーです。
お掃除の時に使いますよね。
みなさん、持ってきてましたよ。

朝、起きたら、まずベッドの上や枕についてる髪の毛を、
このコロコロローラーで掃除してましたね。
そのくらい、いっぱい抜けました。


抗がん剤をしているときの気持ちというか、感じだ事は、
癌で入院している人がこんなに多いのかと、驚きました。


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